思い出ノート

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No.81 高20回生
先月の100周年展示に参加しました。 在学中は、有ることさえ知りませんでしたが、資料室に入って、 その膨大な資料の量に驚きました。役のおかげで、さまざまな物に、 直接触れることができました。

卒業を真近にして、大学受験が差迫っている頃、我々生徒に配布されたガリ版刷りの「受験直前の心得」なるプリントを 見つけました。それは、まさしく30年前、我々に配られた物です。 胸がドキドキするのを抑えて、読みました。

内容は、受験に関する事細か な注意事項でした。<時間が余っても、答案を低湿して部屋を出るなどしないように。小田高生は、最後までねばって天命をまつのである。凡ミスを恥じよ。  御健闘と御成功を祈る! 朗報を待つ! 3年担当、進路指導担当一同>そして懐かしい小泉、川名、本多、大館、他各先生の署名が有りました。

No.82 高51回生
いじめに耐えた3年間。
3年目ついに切れていじめグループの一人の自宅に電話。
親に「受験に差し支える」など文句を言いまくる。
以後平和な高校生活になったが私の3年間はもう返ってこない。
でも今は一流大学に現役合格してもててるし
わりと順風満帆な人生に戻りつつある。
No.83 高51回生 服部泰宏
単に「思い出」と呼べるものならば、3年間のすべて。ただ、その中にも断片的なものにしろ、克明な記憶を伴っているものにしろ、忘れることのできないくらいのものがある。例えば小田高祭、今でも手にとるようなリアルさをもって思い出される。そしてそれはとりものさず小田高の雰囲気そのものであると思う。僕は今とても充実した日々を送っている。しかし、ただ一つ贅沢を言うことが許されるというのならば、あの3年間をもう一度手にしたい、と答える。
No.84 高43回生
わざと遠回りした百段坂。夏は必ずそのまま保健室。 薄暗い部室。小田高祭の劇に燃えたこと。 サザンを聞くとフォークダンスを思い出す。今でも踊れる位、覚えてる。 3年1組と7組で、中庭はさんで糸電話したこと。楽しかった。 ストーブでポップコーン作ったっけ。 混んだ売店でパン買うのが得意で、みんなの分も買わされた。 懐かしいなあ。あの時代。
No.85 高51回生
小田高時代はすべてが思い出だった。
部活に入るか悩んだけど、結局入ったらいい人たちばっかりの楽しい部活だった。
小田高祭、体育祭、スポーツ大会、部活の試合、すべての行事に 魂を注ぎ込んで燃え尽きてた。
部活の卒業旅行も1人も欠席者がいなかったのがうれしかった。
あの仲間がいたから厳しい練習にも耐え、受験も乗り越えられたと思う。
数年後、小田高は統合して生まれ変わってしまうけど、 あの百段坂を登り続けてできた3年間の思い出は いつまでもみんなの中で残っててほしいと思う。
No86 高51回生
2−3のゴースト!あの時が一番全てに夢中になれた
No.87 高44回生 笹鼻悦子
いろいろ。
No.88 高50回生 川瀬俊史
今でも集まれる友人と出会えたこと、 その友人たちと過ごした日々がなによりの思い出ですわ。
No.89 高50回生 飯田英次
やっぱり、部活かなぁ。 朝練やって、授業で体力回復(睡眠)して、放課後練。ごめんなさい先生・・・ あっ、あとなんといってもうちらの代は卒業式かな。 校長先生に卒業証書渡したのはうちらだけでしょう。 その後は小田高祭の閉会式になってたしね・・・      楽しかったなぁ・・・
No.90 高52回生 sky diving
小田高に入学してから卒業するまで全部。

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